SEIJI FUJIWARAのブログ

30代、貿易課で働く双子の父です。

社会問題に関わる仕事。僕らの時代。

本日はその中田さんの著作「ボランティア未来論」(コモンズ)を一人読みふけっていました。

「ボランティア」という言葉は忌々しい響きが今でも僕の中にありますが、この言葉というか概念はずっと僕の思考の中にくっついてくるだろうと半ばあきらめたり。本著は、中田さんなりにボランティアについて考えぬいた言葉がつまった1冊です。
日本から持ってきた数冊うちの1冊であり物事にかかわること、行動することについて考えた時に手に取ります。今日もそんな日でした。

自分の考えが手取り足とり動いている感覚がなくなって久しい。あかんなとよく思う。
理念や目標と自分が結ばれている感覚が薄れている。
いつかわからないけど、その感覚を追い求めている。
いつか戻るはず。いつかやってくるはず、と。馬鹿らしいとも思う。

中田さんのボランティア論を読んでも、究極をいえば自分のものではない。
今の僕にとってボランティアとは、かわいそうな人に何かをしてあげるとかそういう意味ではなく、自主的に想いから発する行動のことなんだろう。
人によってはそれが金儲けかもしれない。年収がいくらなのかとか。

僕の場合は何かをすることで世の中と関わり多少でも改善する方向に関わることと思っている。本当にそうか?とたまに思うがこれはほぼ間違いないポイント。関わりながら、家族を養っていければいいなと妄想をする。まだ結婚もしていないけど。
ボランティアとイメージされると無償と思われがちだけど、今のご時世やり方次第ではご飯を食べることぐらい頑張ればできる。そこそこの企業で働くのと同じくらいの人もいる。

中田さんの世代はそれが現実的に難しかった時代だと考えるとよく生き残っているな・・・とさえ思ってしまう。僕らの世代はやり方次第では、社会問題(Social Work)に関わりながら生きていくことが十分可能な時代。新卒でNPOに就職してる友人も多い。そういう意味で僕らは恵まれている。職業としてある程度社会的に認められているのだ。今の50代とかの熟練ボランティアからすれば、今はずいぶん恵まれていると思われているはず。

ただし定時で帰るとか他の人と同じ仕事をしていればいいと思う人なら、残念だけど向いていない。
残業は当たり前だし、土日も自主的に動いていけば制限されていく。組織内個人というか起業する人と同じ感覚が若干必要かも。
NGOであれJICAであれ国連の仕事であれ企業であれ。
ただし売れないミュージシャンや漫才師がプロを目指すよりよっぽど現実的に可能な生き方となってる 笑。

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今月、中田豊一さんが共著でファシリテーションの手法に関する本を出版されました。
日本に帰ったらさっそく読もうと思っています。
http://www.f3.dion.ne.jp/~ipdev/
共著のもうお一人は、中田さんと共同代表をされている(特活)ソムニードの和田信明さん。
ちなみにソムニードは南インドのビシャカパトナムで事業をされています。

このお二人はNGO業界では有名なファシリテーションの長たち。
中田さんは日本国内で「マスターファシリテーション」と銘打った講座を開かれており、開発関係者や教員の方など多数参加されています。受講を終えた参加者同士の交流も魅力的で、学んだことのフォローアップのための自主講座「中田塾」も関西で行われています。