SEIJI FUJIWARAのブログ

30代、貿易課で働く双子の父です。

師匠と自分

2010年7月13日(水)

午前6時起床。昨日早く寝たのでその分早く起きる。6時半には必ず起きる体になっている。朝食はパン、コーヒー、卵焼き、ソーセージ。たくさん食べる。

今日の仕事は、社長の営業フォローアップと、アーユルベーダツアーの見積もり作成。休みがあればぜひ、体験したいものだ。シロダ―ラ(額のこめかみを狙ってハ―バルオイルでたっぷり頭上から垂直に刺激するもの)も高いけどやりたい。

ツアー作りは慎重さが必要、ツアー資料は一度お客様に提供すれば契約書そのものなのだ。それでいて、お客様の個別の要望に沿った内容にチェンジすることもあり、頭を使う。基本のフォーマットを頭に入れるべし。

7時ごろ退社。近くのチャイニーズでシンガポール・ヌードルとモモ。5分待ってといわれ、20分以上待つ。ハンピでは手作りのラザニアに1時間でも待てたが、大都市バンガロールへ帰ると20分で頭にくる。まだまだアマちゃんだ。


家に帰り、夜食にマンゴー。これから少し資格の勉強。サーやるぞ。今日は日本では祇園祭。ちょうどいいので、国内地理をやろう!



雑感「師匠や先生について」

師匠。わりとハードな響き。先生を超えている人。生徒が先生から学び、弟子は師匠のもとで修行に励む。

そこまでハードな関係は今のご時世少ないが、社会人になってもその人に出会うと、再開すると背筋をピンとしてしまう、声がはきはきしてしまう、そんな人である。
高校で無茶をして先生を見下すやつがいたが、そういう奴に限って中学の部活の先生などには頭が上がらない。僕はこういうのが結構好きだ。誰にだって、自分の軸に関わってくれた他者がいるはず。


師匠というのは近くにいるのにはるか遠い存在。この人には30年かかっても追いつけるイメージがわいてこない。。そんな人。今はわからなくても、いつかいい年になればその人のゆっている意味をきちんと理解したいなと思える人。高みである。師匠が1個上かもしれないし、50歳年上かもししれない。年下かもしれない。伊能忠敬は自分よりも10以上年下の人に弟子入りして測量を学んでいる。師弟関係に年齢は関係ない。年齢でもなく、含蓄ある言葉だけでもなく、いわゆる技術だけでもなく、わーこの人はとんでもない、よくわからんがこの人についていこう、という感じ。

そびえたつ高み。無理とはわかっていも追い越したいと心の中でちょっぴり思える自分がそこにいれば、もうその人は師匠である。
自分にとっての師匠について考えました。結論としては、立ち向かえる相手ではないが、ほんの少しでも食らいついてその過程に関わりたいと思える相手=師匠ということで勝手に納得。

どうでもいい、思ったことをこれからも書こう。