SEIJI FUJIWARAのブログ

30代、貿易課で働く双子の父です。

意識して捨てる。意識して持つ。

 ため込んできたものを、意識して捨てる。
 今までいろんなことを捨ててきた。その代わり、何かを得てきた。
海外旅行に行くために、高校時代まで入れ込んでいた中型バイクも免許を所得したものの、買わずに大学生活を終わってしまった。旅にでることを選択するかわりに、バイクに乗ることを捨てた。ものすごい決意でもありそうに書いているが、特段「決めた!!」というわけでもなく、ただ金がなくそうした。

 同じ決断でも、意識してやりたい。
「旅行に行く、だからバイクはやめよう」と自分のおなかの中で唱える習慣。「優先順位をつけたら、バイク買えなかった・・・」ではだめだ。中型バイクを欲しがっていた自分の高校生活にかわいそうだ。「高校時代のおれ、すまんがバイクはなかったことにしてくれ。いつか余裕ができたときに、達成するから」といいきかせたい。

 昨年秋からはまっている作家で松浦弥太郎という人がいる。雑誌「くらしの手帳」の編集長を務めながら、書店を経営する人だが、この人の書く文章が本当に体にしっくりくる。自分の一つ一つの行動、生き方を振り返りたい、見直したい人、ぜひご一読を。

今日もていねいに。

今日もていねいに。

あたらしいあたりまえ。

あたらしいあたりまえ。


 弥太郎さんの語る、生き方の中で特に引っかかるのは「捨てる」というキーワードだ。捨てることを怖がらないこと、持ちすぎる生活、生き方を見直そうと彼はいう。かくいう僕も、学生生活で多くのことに出会い現在「持ちすぎ中」である。選択と集中といえばかっこいいが、僕にはなかなかできないでいた。なんだか捨てるこのに恐さ、捨てないことの居心地の良さを感じていた。

 最近は何かを買うとき、新しいことに挑戦するときにも「捨てる」「持つ」という感覚がすぐにわいてくるようになった。たとえば今はカメラを持ちたいと思う。しかも一眼レフときた。カメラ小僧になりインドの一瞬を残したいと強く思う。やるからには初期投資も時間もかけるだろう。今までの「ごろごろ時間をけづろうか」「なんとなくの外食をやめようか」などと思いめぐらす。とりあえず、節約の第一歩として「昼飯を弁当にしてみるか」というところで落ち着いた。

妹と進路の話をしていた。
 彼女も今年から神戸のケーキ屋さんでパテシエとして就職する。めちゃくちゃ忙しい仕事だそうで学生時代と同じ趣味に時間をかけることもできないそうだ。「兄として何かいわねば・・・」と思い、自然に話していると「捨てること論」にいきついていた。自分の口から「意識して」という言葉の連発していた。なんとなく捨てるのでなく、意識して捨てることを妹に意見していた。人に話すことによって自分の言葉を再度意識する。とりとめもないことから、自分につながる言葉を得ていく。意識するって大切ですねー。